ロンドン・ジャパンハウスでの講演レポート
2019年5月20日18:30~19:30、ロンドン、ジャパンハウスにて講演会が開かれました。
萩尾望都先生と『フラワーズ』編集部副編集長の古川麻子さんが登壇されました。萩尾先生に同行された方が写真とレポートを送ってくださったので、アップします。
登場した作品は「ポーの一族」「メリーベルと銀のばら」「小鳥の巣」「11人いる!」「柳の木」
Q:なぜ漫画を描くことを始めたのですか?
A:子供の頃から物語の世界が好きでした。いろいろな本を読みました。
戦後、手塚治虫先生が現れ、子供の読み物の世界にはたくさんの面白い漫画が登場しました。
現実に適応できなかった私を救ってくれたのが漫画の世界でした。
それで、漫画家になりました。
Q:道具は何を使うのですか?
A:紙とペンです(会場から笑)。
鉛筆で下書き、ペンで描き、消しゴムで消します。
手塚先生がどうやって漫画を描くかという本を出していて、読んだら墨汁とペンで描く、とありました。
《ここで「フラワーズ編集部」古川さんが担当編集者の仕事について説明を始める。萩尾先生の担当になった時の話など。》
《萩尾先生が少女漫画と少年漫画についての話をされる。》
Q:「ポーの一族」ではなぜヴァンパイアを描いたのですか?
A:私は怖いのが好きではないので、ヴァンパイア映画とか本当に嫌いでした。自分で描くようになり、自分でも驚いています。
どこかの夕暮れの丘でマントの少年が立っているイメージから始まりました。その少年は子供だけれど、悲しそうで、大人びています。
この少年がバンパイアではないか?と考えました。でも、私はバンパイアが嫌いです。なぜなら、血を流して人を襲うから。
ですが、美しくて悲しいバンパイアなら描けると思いました。
それで「ポーの一族」を描きました。
主人公を14歳にしたのは読者の年齢が14~16歳だったからです。
後に「インタビュー・ウイズ・バンパイア」を見て歳をとらせればよかったと思いました。
彼らは歳をとらないので、いつまでも14歳です。
《「ポーの一族」の絵が映ります。アランが叔父を突き落とすシーンでアランの説明。次に「小鳥の巣」の内容の説明。》
Q:「ポーの一族」の話の場所はどこですか?
A:最初はイギリスです。イギリスの文学が好きで、イギリスに一番妖精や怪物が住んでいると思っていました。
《「メリーベルと銀のばら」~「ハンプティダンプティ」の詩のシーン。》
マザーグースを真似て書いた詩です。
《「メリーベルと銀のばら」の話の説明》
○宝塚の「ポーの一族」
たくさんの舞台化、TV化の話が来ますが、「ポーの一族」は大切にしてきて許可しませんでした。
宝塚では美しい女性しかでてこないので「ポーの一族」を一番美しく再現するという信頼があり、演出家の小池修一郎先生との旧知の仲だったので、宝塚の舞台が実現しました。
Q:舞台化にかかわりましたか?
A:小池先生から脚本が届きましたが、読みませんでした。舞台を観て驚きたかったからです。スタッフが読み、「小池先生は天才!」だと言ってました。
《続いて、中学時代にアシモフの「宇宙気流」を読みSFにのめり込んでいった話で「11人いる!」の話に。》
この話を考えた時、一つの舞台の上で同じシーンが続くように同じシーンで変化するのはどうかと考えました。
1ページの中に2コマ置き、風景画のように描きました。
構図が変わらないので、読者にどこまで読んでもらえるのか考え、20枚が限度と思いました。
《「柳の木」の説明。時間の経過等の説明をていねいに》
Q:今まで、どの作品が一番苦労しましたか?
A:どれも難しかったですが、「ポーの一族」は難しかったです。「ポーの一族」の話を考えた頃、頭の中に無限のアイデアがありました。考えていた時は凄かったのに描いたら「これ!?」と思いました。凄いギャップを感じて最初はイマジネーションを描くのに苦労しました。
そのうち、最初のビジョンを忘れたので「ま、いっか」となってます。
おまけです。
その1:翌日の大英博物館「Manga」展オープニングレセプションでピカチュウと。
その2:ロンドン在住の玖保キリコ先生、担当編集者、萩尾先生でキングスクロスの元倉庫街でエスニックランチ。
It's a Girls' World: Talk on Shojo Manga with Artist HAGIO Moto and Editor FURUKAWA Asako
玖保キリコ先生のブログ「キリコのざくざく雑記」にもこちらの講演会のレポートがあがっていました。リンクを貼らせていただきます。
おっかけ1
→逆側から撮影した写真。
追加レポート