ノリッジの「セインズベリー日本藝術研究所」でのワークショップ
2019年5月24日、ノリッジにあるセインズベリー日本藝術研究所にて萩尾望都先生のワークショップが開かれました。
ここは大英博物館「Manga展」のキュレーター、ニコル・クーリッジ・ルマニエールさんが設立、所長を務める日本文化の研究所です。
全20名の小規模なワークショップで「柳の木」「半神」「イグアナの娘」のコピーが全員分用意されていました。聴衆には日本人も多数。
(机には「柳の木」「半神」「イグアナの娘」の全ページのコピーが用意されていました。研究所の人の挨拶。萩尾先生のご紹介。続いて参加者の英語と日本語での自己紹介。)
萩尾先生「はじめまして萩尾望都です。日本で約50年漫画を描いてきました。私はイギリスが好きです。特に古い街が好きで、ノリッジに来れて嬉しいです。」
「柳の木」について(コピーを見ながら)
参加者「母の愛を一番感じました。」
萩尾先生「昔、知ってる男性が小さい頃に母を亡くして、母を恨んでいたと話していました。それを聞いて、ずっと考えていました。
そのことがずっと心に残っていて、どうすればその人に母を取り戻せるか考えているうちに、この話を考えました。その知り合いの男性がこの漫画を読んだのかはわかりません。」
質問「(その知り合いの男性は)いくつくらいの人ですか?」
萩尾先生「30歳くらいです。主人公が最後に45歳くらいです。」
質問「柳の木にした理由はなんですか?」
萩尾先生「日本には伝統的に柳の木の下に幽霊がいると言われてます。柳の木は春にはものすごく美しいです。風に揺れるイメージが好きです。」
参加者「一番最初に心に残ったのは何か?と話がありましたが、私は「お母さん」と言ったところです。若い頃に母を亡くし、その後息子を持つ母として(この作品を読んで)鳥肌が立つ思いがしました。漫画の領域の力を感じました。その先生の知り合いの男性に読んでもらいたいです。」
萩尾先生「この作品は1ページに2コマです。普通、漫画は6~8コマです。この話を考えた時に場面は同じで背景が変わっていく話にしようと思いました。女の人は変わらず、後ろが変わります。ネームを作った時に何ページかかるか下絵を描いてみると、30ページになりました。しかし、同じシーンで30ページ読ませるのは長すぎると考え、10ページ縮めました。
セリフがないので、ちゃんと説明できているか、土手から降りてきて母とスムーズに話せるようになっているか、何度も読み返しました。
柳の木は春、夏と変化していきます。土手も補強されていき歳月が過ぎていきます。」
参加者「柳の木の表現が素晴らしいです」
萩尾先生「(作品の中には)描いていませんが、父が撮った昔の母の写真があります。夏服で日傘を持っています。最初はその写真を(画面に)出そうかと思いましたが、ネタばれになるのでやめました。
傘を描くのは難しいので、スタッフに傘を持ってもらいいろんな角度で写真を撮りました。」
~「柳の木」のページ割などの話(省略)~
参加者「女の人と母の話」では成立しませんでしたか?」
萩尾先生「もし、男の子ではなく女の子だったら、もっと早くに母の気持ちに気がつきます。恋愛した時とか、結婚した時とかに。同性として母を見る目はしっかり持っています。しかし、息子は遠い。失った時の喪失感は取り戻すのに時間がかかると思います。」
「イグアナの娘」(コピーを見ながら)
参加者「母がキーワードではありませんか?娘と母の関係、反発と愛情など凝縮されています。」
萩尾先生「私と母の関係がとても悪かったです。母は厳しく、理想が高いです。私を理想通りに育てたかったのですが、そうなりませんでした。
「なぜ母の思う通りに育たないのか?」とずっと怒られていました。
漫画家になった時も「漫画家はつまらない仕事。なぜ、恥ずかしい仕事をするのか?」と言われました。
漫画で成功し、家を建てても、メディアに出ても、母は反対していました。いつも文句でした。
ある時思ったのですが、『言葉が通じないのは私は人間ではないのかもしれない。牛?馬?もしかしてイグアナ?』
TVでガラパゴスを見ているとイグアナがたくさん映りました。イグアナは人間の発達と似ているそうです。TVでイグアナを見ているうちに「イグアナに生まれちゃった。人間に生まれたかったな」と妄想が湧きました。」
参加者「カフカの変身を読みましたか?」
萩尾先生「読みましたが、描いた時には忘れてました。私は伝統的なものや、ファンタジーが好きなので頭がファンタジーです。」
参加者「母の厳しさがトラウマになっていましたか?「イグアナの娘」を描いて変わりましたか?母親との仲は?」
萩尾先生「描いて気持ちを出すことができたので落ち着きました。それまではわかってもらいたいと悩んでいました。描いた後は「わかってもらわなくてもいい」と思いました。
後に母が謝ってきました。NHKで「ゲゲゲの女房」があり、内容は水木しげる先生が一生懸命漫画を描いているのを奥さんが応援する話です。ある日母が電話をしてきました。
「水木しげるが一生懸命仕事をしてた。お前も仕事をしていたということがわかった。どうも失礼しました。」
その後、母は周りの人に「私は一度も漫画家になるのを反対したことはない」と言ってました。理解してもらうのに40年近くかかりました。
作品を描いた直後は何も考えませんが、2~3年後に「しまった!」と思うことがあります。「イグアナの娘」の場合は母をもう5年くらい生かしておけばよかったかも、と思いました。」
「半神」(コピーを見ながら)
参加者「イグアナと共通点が多いように思います。美しい姉妹と比べられるコンプレックス。どのようなメッセージがありましたか?」
萩尾先生「兄弟が平等に扱われないことはたっぷり経験しました。差別されるのに、親には道理が通じません。現世で最初に感じる不条理です。」
参加者「愛と憎しみの極限を表現していますが、どういう気持ちで描きましたか?」
萩尾先生「私のイメージですが、愛と憎しみを両方深く掘っていくと下で通じています。しかし、この文章を入れると説明っぽくなるのでやめました。
参加者「なぜこのような設定にしましたか?タイトルからですか?」
萩尾先生「(「半神」を描く)1年くらい前に別のファンタジーを描いていました。悪い王様に閉じ込められた兄弟が狭い部屋に閉じ込められています。二人は魔法使い、王様の願いを叶えるまで部屋から出してもらえない。兄は醜く、弟は頭の弱い綺麗な子にしました。牢屋を描いたら小さくなってしまったので、二人をぎゅっとくっついていることにしようと考えました。以前、二重胎児について医学書で読んでいたので。
そのファンタジーが終了した後、これは面白いからもう一度使おうと思い「半神」を描きました。」
参加者「「半神」に「神」を使った理由はなんですか?」
萩尾先生「最初は「半身」と考えていたが、「神」でもいいのではないか?と 思いました。はっきりとは説明できませんが。「身」と「神」は同じではないかと。キリスト教というよりマスターの意味合いを持っています。」
参加者「「半神」はこの後(主人公は)生き続けていけますか?」
萩尾先生「妹を亡くして、その気持ちを抱えたまま生きていきます。」
最後に萩尾先生のメッセージ
萩尾先生「私はちょっとこの世界で生き辛いという感じで生きています。でも、いろいろな作品を読んだり、描いたりして気持ちのバランスをとっています。自分に合う世界を探しています。漫画もたくさんの漫画があります。望むものが見つかるはずです。大英博物館の「Manga」展に来てください。」
この少人数のセミナーの形は日本ではありえない。ものすごく有意義な講座だったそうです。羨ましい限り。