女子美術大学オープンキャンパス
萩尾望都先生特別講演
2017年7月16日(日)15:00~16:00
毎年7月に開かれるオープンキャンパスの特別講演です。秋の特別講義と異なり、学生さんの授業ではありません。いつも何かテーマが決まっているのに、今回はあえてなにもなし。「ポーの一族~春の夢~」が出たばかりだから、お題は「ポーの一族」。
(いつものことですが、メモと記憶から書き起こしています。抜けは多々あると思いますが大間違いはないと思います。)
1.「ポーの一族 春の夢」
続編を描くことになった経緯について
まさか描くとは思っていませんでした。暇な時に妄想していたのですが、絵がどんどん変わっているのでお話はあっても描けないなと思っていたところに、小学館から『月刊フラワーズ』15周年記念に何か読み切り作品を描いて欲しいと言われました。その際「ポーの一族」の小さな番外編はどうかと思ったんです。その前に夢枕漠さんがお会いする度に「僕「ポーの一族」の続きが読みたいな」とおっしゃって下さるので、漠さんが読んで下さるならと、後押しになりました。
それで編集部に「ポーの一族」の短いのを描きますと言いました。エドガーとアランが家を借りて住んでいたら、女の子がやってきて、ちょっとその子と知り合って別れてまたどこかへ行くというような簡単な話を考えていたのです。その子はどこから来たのだろうというふうに考えていると、ドイツから来たらしい、難民のようだ、と。第二次世界大戦のことを調べ始めたら段々はまってしまいました。
編集さんに「16ページと言われていたのですが、24ページにしてください。」「いいですよ。」「すみません、30にしてください。」「すみません、これが最後です。40にしてください。」40で入らなかったもので「第1話にしてください。」となりました。
物語の発想は40年間暖めていたのか?
「描いて下さい」と言われて、じゃあ描こうかなと思って、禁断の「ポーの一族」の扉を開けたら、するすると出てきました。描いていて、とても楽しかった。
①p4~5:エドガーが女の子と出会うシーン
エドガーが女の子と出会うところから始まります。舞台ですが、田舎で、街の近くでと考えました。リバプールの近くにアングルシーという島がありました。島ですが橋でつながっています。ここは鉄道の線路も走っていて、ここは海軍基地や空軍基地もあるわりにはへんぴな場所です。時代設定をあの時代にしたのは、エドガーやアランが戦争中に何をしていたのかをずっと考えていたからです。
「春の夢」というタイトルが決まったのは、笠井叡さんの踊りを観に行ったときです。ミュラーの詩にシューベルトが曲をつけた「冬の旅」という曲で、その中に「冬に春の夢を見ている私をあなたは笑うだろう」という一節があり、「春の夢」にしました。
ブランカの弟のノアはレオくん(萩尾家の猫。作品にもなっている)みたいな子を想像して描きました。
②p6~7:エドガーとアランの家
チェスターなどでよく見られる建物です。アングルシー島の駅の公舎を参考にして描きました。
③p10~11:オットマー宅の台所の様子
この時代に何で火をおこしていたんだろうと考えました、ガスは配給されていた時代ですが、島なのであるのかどうか。電話や電気は来ていましたが、ガスについてはわかりませんでした。イギリス在住のお友達に調べてもらったりしました。
古いレコードを聴いているところに女の子が訪ねてきます。手巻きのレコードプレイヤーを聞いていますが、当時のプレイヤーは5分位しかもたないので、オペラなどどうしたのだろうと思ったら、5分かけたら、またまいてを繰り返していたそうです。
④p28~29:シューベルトの歌を歌うブランカとエドガー
ブランカはドイツから難民としてきました。イギリス人から見たら敵性国民です。ドイツ語を喋らないようにして暮らしています。ノアのような自由奔放な弟がいて、両親と離れて自分が頑張らないとならないと、いろいろ我慢していました。でもシューベルトの歌をハーモニーで歌うことで、貯め込んでいた思いを一気に出しています。音楽は人の心を動かしますね。
⑤p48~49:エドガーがファルカを呼ぶシーン
ファルカはスラブ系の吸血鬼で、1925年の万博でアランが病気になったときに治してくれたのですが、なにやら下心があるんです。このキャラクターは、イギリスにはポーの一族がいるけれど、他の国の吸血鬼はどうなっているんだろうと思いました。ポーランドとか中国とか、調べてみると世界各地に吸血鬼伝説がありました。ポーランド(スラブ系)が好きだったので、スラブ系の吸血鬼を出してみました。(日本はどうかという問いに先生はちょっと答えられないと...次の構想に関係あるのかな?)
⑥p60~61:ファルカが登場するシーン
この人は前にレオパードを飼っていて死なれてしまったので、レオパードのプリント柄を着て首にかけています。レオパードのプリント柄はこのちょっと後くらいに流行るんですけれども、それまであまり着ている人がいなかったので、ちょっとオシャレかなと思って着せました。
⑦p66~67:エドガーの過去の話
エドガーの過去のことが出てきます。ファルカもいろいろ調べていて、どこかに御大がいて、直系の子どもがいるという話だけどあんただろう、村があるのだったら、などいろいろ情報交換をやっています。
⑧p74~75:クロエ登場
チェスターの街に今のポーの村のボス、クロエがやってきます。クロエという名前はその服のブランドが好きなので。この歳になると、新しいキャラクターの名前を考えるのも大変なんです。考える先から忘れていきます。建物がすごくきれいです。木の格子が入っている高い建物です。
⑨p78~79:クロエに襲われるエドガー
いろいろな条件があって、エドガーが自分の気をクロエに提供しているところです。
エドガーは大老ポーに直接一族に加えられているので、血が濃いです。クロエは毎年ポーの村から気をもらいにやってきます。いつでもアランを殺すことが出来ると脅されています。交換条件にアランは生かしておいてもらっています。
⑩p98~99:アランが元気になりました。
ファルカに治してもらってアランが元気になりました。そこへブランカとノアがやってきて、騒ぎになっています。こんなふうな楽しいひとときもありました、というシーンです。
エピソードをどの順番で描くかというのはすごく悩みます。エピソードの並べ方によって物語のリズムが違うんです。そのリズムが一番心地いい方、心地よい方に構成すると、読んでると気持ちいいし、読んでいて忘れないんです。
⑪p108~109:連合軍ノルマンディー上陸
1944年6月、ノルマンディー大作戦が始まったときです。スパイがまじっていますから、ラジオでは詳しい情報は言わないのですが、単に上陸したということだけ伝えています。上陸した連合軍はパリに向かっていきます。戦争が終わるかもしれないと盛り上がります。
⑫p128~129:クロエ再登場
いつもは呼び出しているのに、エドガーのところへやってくるのは、完全にルール違反です。
⑬p130~131:大老ポー
誰かがクロエを罰します。それが大老ポーでした。生きていたのです。
⑭p132~133:エドガー倒れる~オットマーの死
ブランカがお世話になっているオットマーさんという人は眠れない病気にかかっています。オットマー一族の話もいろいろ絡んでいくのですが。昔、初めて知ったとき、本でいろいろ調べたりしたんですがこの病気は本当にあるんだそうです。神経系の病気で、40くらいに発症して、そのまま眠れずに死んでいく病気です。
⑮p150~151:ノアが流される
雨上がり、弟のノアが川に流され、たいへんなことになってしまいます。
⑯p164~165:ブランカがアシュトンに襲われる
ブランカが運転手のアシュトンに襲われ、エドガーと二人でブランカのブラジャーを取り合います。ブランカを助けるためにエドガーがアシュトンを殺すのですが、その現場を見たブランカがショックのあまり塔から落ち、髪の毛がまっ白になります。
⑲p188~189:エドガーとアランがひきあげるシーン
ファルカがパリにいるので、エドガーとアランは鉄道でパリに向かいます。
2.宝塚の話
「ポーの一族」は来年の1月から宝塚大劇場、2月からは東京宝塚劇場で上演されます。演出されるのは小池修一郎さん。昔からの知り合いなのですが、以前から「ポーの一族」を宝塚の舞台にしたいとおっしゃていたのですが。宝塚の舞台で子どもを主人公にするわけにはいかないと、二転三転したようです。
「萩尾さんが「ポーの一族 春の夢」を描かれたから僕が便乗して舞台にするのではないのだと言っておいてくださいね。」と小池さんに言われました。主人公の明日海りおさんは、小池さん曰く「エドガーのイメージにぴったり」だそうです。宝塚の舞台では年齢はあげてあります。
(先生はもちろんご覧になるそうです)。
3.質疑応答
Q:ブランカがあのような顛末になりエドガーやアランと違う道を歩むことになったのはどうしてでしょうか?理由があれば教えてください。
A:お話をつくっているときに、塔から落ちるブランカの絵というのが出てきたりするんです。そうすると、そのイメージに引っ張られてしまうのです。何故この子は塔から落ちているんだろう?しかも髪が真っ白になって、恐怖で落っこちていく。エドガーに襲われたのだろうか?違う人に襲われたのだろうか?いろんなことを後づけて考えていくんです。残るイメージもあれば、描きにくいイメージもある。落ちるブランカというのは随分強烈だったので、今回はこれを目玉に話をつくっていこうと思いました。名前を「ブランカ」にしたのも髪が白くなるところから(「ブランカ」はスペイン語の「白」)。落ちて死んじゃったままではかわいそうだし、そこはファルカさんに頑張ってもらおうと思いました。
Q:ノアは発達障害やADHDを意識して描かれていますか?
A:そう意識しています。ブランカが「ずっと面倒をみなくてはならない」と思うような子にしています。彼を守らなければならないという責任感で遊びたいさかりなのに親代わりと思って我慢をしています。ブランカとは対照的に元気いっぱいな子にノアを描きました。うちのレオくんのような感じで描いています。
4.「ポーの一族」
何故「ポーの一族」を最初に描くことになったのか。
吸血鬼の物語を描きたいと思ったのですが、そもそも吸血鬼が好きじゃなかったんです。子どもの頃に読んだ漫画とか短編小説がものすごく怖かったので。眠れなくなるくらい怖かったんです。中学生か高校の頃に石ノ森章太郎先生の「きりとばらとほしと」を読みました。過去・現在・未来と時間が過ぎていく(※「きり」は過去、「ばら」は現在、「ほし」は未来の3編の作品です)。石ノ森先生は絵が美しくて、とても素敵な絵なんです。これはきれいだなと思いました。過去・現在・未来と時間軸が流れていくのなら、時間は流れていくけれど同じキャラクターが描ける。変わっていく風景を描ける。いろいろな時代の洋服が描ける。ファッションの勉強をしていたものですから、夕闇の中に翻るマントなんてかっこいいなと思いました。
描いてみたら、すごいキャラクターが気に入って、どんどん次のお話やアイディアが出てきました。それで編集部に描きたい話があるんですけど描かせてくれませんか?と言って、「ポーの一族」「メリーベルと銀のばら」「小鳥の巣」の3部作で、1本につき100枚くらいなんですと言ったら編集に「まだ早すぎるよ」と却下されてしまったんです。見ればわかるように、この時代まだ絵が全然ダメだったので。
それで、こっそりと「すきとおった銀の髪」(16p)を描きました。エドガーは最後にちらっと出てくるだけなんですが。次に「ポーの村」(24p)で吸血鬼がちょっと出てくる話を描きました。それから「グレンスミスの日記」(24p)で吸血鬼に会った人を描きました。編集も呆れて「そんなに描きたいのなら、見てやるから持ってこいよ。」といわれて「お願いします。」と(※萩尾先生は編集がこう言ったという時にちょっと乱暴な口調になるときがありますが、それはだいたい山本順也編集長のことです)。
発表した結果の反響は何もありませんでした。むしろ「エドガー怖い」とか。「すきとおった銀の髪」や「ポーの村」あたりだと「怖い」と言われました。が「ポーの一族」でエドガーが「自分は孤独のまま吸血鬼になって苦しんでいる」という一文があるんですけれど、その後からなんだかシンクロして下さった方がいらして、そのまま好きになって下さったりしました。
「ポーの一族」の吸血鬼の世界観というのは最初から出来ていたのか?
なんとなく村から出てきて獲物を探しにやってきたということを漠然と考えていて、そんなに詳しくは考えていなかったんです。どこかに彼らが住む村があって、そこでは幸福に暮らしていた。誰がつくったんだろうとか、そこで眠っていてもつまらないんじゃないかとか、いろんなことを考えてしまうんです。ポーの村の人たちは普段眠っていて、時々人間の獲物をさらってきて、みんなで分けるとか。
吸血鬼がバラに触れるとバラが枯れるというエピソードから、バラのエキスを吸っているのだろうと思いました。世界各国の吸血鬼について調べました。彼らが日に当たると消えてしまうとか、昼間眠っていて夜になると起きてくるとか、棺桶の中にいるとか、いろんな伝説が残っています。ブラムストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」が出て、吸血鬼とはこういうもの、という定番となりました。でも、民間伝承の中には違う説もたくさんあって、とてもおもしろかったんです。特にこれと言って系統がないおいしい存在でした。だから自分のスタイルをつくることも出来ると思ったのです。
「ポーの一族」の中で吸血鬼は「ヴァンパネラ」と言います。本当は「ヴァンパイヤ」っていうんです。手塚治虫先生に「ヴァンパイヤ」という作品があって非常におもしろい作品です。ここで「ヴァンパイヤ」という言葉を使うと、どうしても手塚先生の関係があるのではないかとかシンクロしてしてしまったりする。「ヴァンパイヤ」でもいいけれど、なにか他に言葉がないかと探しているうちに、ふと私がスペルを読み違えたんですね。「ヴァンパイヤ(Vampire)」と書いてあったのだけど「ヴァンパネラ(Vampanera)」と読んでしまった。私の造語です。
恥ずかしいので、過去のものを読み返したりしないのですが、今回は資料に使うということで、コピーするために全部読んだんですけど、すごく若かったなと自分でもびっくりしました。(「ポーの一族」オープニングのシーンを指して)こういう叙情的なところは今でも描けると思うんですけれど、特に「小鳥の巣」の騒がしい学校生活とか、あのテンションの高さはびっくりしました。時期的にこれを描いた頃は、学校生活を終えてすぐだったので、学校の息づかいが自分の身体の中にそっくり残っているんですね。それが歳をとると、だんだん自分から過去のものとして遠ざかっていく。だからそれを思い出すためには苦労がいるんです。この時はまだ近いものですからダイレクトに描けるわけです。その息づかいをモロに伝えられたんだということを思い出されました。若い時に描ける作品もあれば、歳をとってから描ける作品もあるんです。
①オープニング:ポーの村を出て行くシーン
このシーンで覚えているのは、思ってる顔が描けなくて、どうしたものやらと。
②クリフォード医師と出会う
街にやってきて、シーラ夫人とクリフォード医師がお互いに一目惚れするというか、シーラ夫人にとっては獲物だから、なんとか誘惑しようという目力を描きました。
③アランとエドガーの運命の出会い
馬術の稽古をしていたアランとエドガーが出会います。ちょっと血をなめて、おいしそうだなと。それで、アランのいる学校に入って行きました。
④学校のシーン
これが学生のテンションですね。
⑤アランがエドガーに血を吸われるシーン
二人で散歩に行って、やっぱりちょっとおいしそうだったので、血を吸ってしまうんです。吸い取る感じですね。
⑥クリフォードがシーラを誘惑するシーン
雷が鳴ってる時、クリフォードさんがシーラの脈がないことに気づきます。
⑦メリーベルが殺されるシーン
⑧エドガーがアランを迎えにくるシーン
(「ポーの一族」すごくはしょってしまったので、また是非次の機会にお話して欲しいです)。
5.「ピアリス」
これは昔ちょっといろいろあってペンネームで書いていたSFです。載せていた雑誌が廃刊になってから終わっていたものです。河出書房新社の編集さんが最初は原画展のためにイラストを使いたいというのでもってこられたんです。この作者が私だと言ったら、イラスト付きで本にしたいと言ってきました。最初はちいさい文庫でこっそり出すつもりが、こんな立派なハードカバーになりました。
ピアリスとユーロというふたごの話です。神官の家系に生まれ、特殊能力があります。ユーロは未来を視ることができ、ピアリスは過去を視ることができます。ところが戦争が起きて、みんな移民することになりました。二人は離ればなれになります。そこから話は始まります。
内山先生「素晴らしい物語で、これを是非マンガにしていただきたいです。」
萩尾先生「体力的に無理です。体力のあるうちに仕事しないといけませんね。」
内山先生「この構想は最後まであるのでしょうか?」
萩尾先生「ある程度あるんですけれど、最後の最後どうするかだけは決めてなくて。書いているうちに見えてくるんじゃないかなと。」
内山先生「では、いずれは書いていただくということで。みなさんどうでしょうか?」
(ここで、拍手が起きました)
内山先生「これは文章で書いておられるのですが、マンガと文章と何が違うのでしょうか?」
萩尾先生「例えば「ピアリス」の1回分をマンガで描こうと思ったら、絵を描くのにすごく労力がかかるので、同じ話をマンガで描くとだいたい1ヶ月くらいかかります、文章なら絵を描く前まででいいから、だいたい10日くらいです。ただイメージを文章にする能力がちょっと足りないので、ものすごく苦労します。毎回言葉を探すのに四苦八苦します。」
最後に質疑応答
Q「最近先生が一番楽しみにされていることはどういったことでしょうか?」
A「寝る前にちょっとだけYouTubeでオペラを見ています。最初カンツォーネを聴こうと思って始めたのですが、ホフマンの舟歌をいろんな人が歌うのを聴いています。」
次はまた10月に萩尾先生がいらっしゃることになっているそうです。楽しみです。