犬吠埼灯台140周年記念 萩尾望都先生講演会「霧笛」レポート
11月22日に千葉県の犬吠埼で開かれた犬吠埼灯台140周年記念の複製原画展&講演会に行ってまいりました。東京駅から銚子駅までは特急しおさい号で約2時間、そこから更に銚子電鉄で約20分ほどで犬吠駅につきました。会場となったホテルまで駅からは徒歩で数分でした。銚子電鉄が、ローカル線のいい味を出してました。
タイトル:霧笛―永遠というものの悲しみ、生きることのはかなさ
日時:2014年11月22日(土)14:00~16:00
会場:絶景の宿ホテル犬吠埼
講演前に壇上に以下の複製原画が展示されていました。
「霧笛」~小学館文庫「ウは宇宙船のウ」の場合で、p65、p67、p78の3ページ(モノクロ)
「ポーの一族」人物紹介(2色刷 『別冊少女コミック』1974年2月25日号)
「ポーの一族」バレンタインカード(カラー)
「11人いる!」扉絵(カラー)
「AWAY 3月21日 前編」扉絵(カラー)
「訪問者」扉絵(カラー)...イオン越谷に続いて「トーマの心臓」になってるんですが...?
「半神」15ページ目~小学館文庫「半神」の場合でp17(モノクロ)
「フラワーフェスティバル」第1回扉絵(カラー)
犬吠埼ブラントン会代表幹事・仲田博史氏からのご挨拶、銚子市長・越川信一氏からのご挨拶がありました。2008年3月末をもって廃止され、現在は使われていない犬吠埼灯台の霧笛の音源を聴かせてくれました。本当に「牛」の鳴き声のようです。(CDとして販売されています)。
講演はまずレイ・ブラッドベリの「霧笛」の朗読と解説、それから質疑応答となりました。朗読の方は創元推理文庫の「ウは宇宙船のウ」(大西尹明訳 1968.4.18)から引用しました。また、質疑応答の方はメモで対応しています。そういうわけで、抜けや漏れが多々あると思いますが、どうかご容赦下さい。
萩尾望都です。よくいらっしゃいました。今日は犬吠埼灯台の140周年記念の会だというので、灯台にまつわる話をさせていただきます。灯台というと、昔、レイ・ブラッドベリが書いた短編小説で「霧笛」というのがあります。「霧笛」はさっきもここで、うなっていましたが、霧の中の灯台が鳴らす音のことです。とても素敵な小説なので、ここで紹介しながらお話を進めていきたいと思います。
レイ・ブラッドベリというのは、アメリカのSFの作家で、幻想的で不思議なお話を書いた人です。私は19~20歳のときに彼の作品を読んで夢中になってしまって、ずっと小説の追っかけをしていました。その彼がこういうことを言っています。
ヴェルヌはぼくの父親、ウェルズはぼくの賢明なる伯父さん、ポオは蝙蝠の翼をもった従兄弟、シェリー夫人はぼくの母親だったこともある。バローズやハガード、スティーヴンスンの小説をむさぼり読んだ少年の日のぼく。
たくさんの人の名前が出てきますが、ジュール・ヴェルヌ(1828~1905年)はフランスの小説家で「海底2万マイル」などを書いた人で、"SFの父"といわれています。H.G.ウエルズ(1866~1946年)は「タイムマシン」「モロー博士の島」「透明人間」など有名な作品を書いた人す。シェリー夫人(1797~1851年は「フランケンシュタイン」を書いたイギリスの小説家です。エドガー・アラン・ポー(1809~1849年)は、アメリカの小説家ですが、幼児期の一時をロンドンで過ごしたことがあり、ロマン・ゴシックな作風です。「モルグ街の殺人」「黒猫」など不気味で怖い作品をたくさん書いています。レイ・ブラッドベリはそんな従兄弟や伯父さんがいると言っているので、なんとなく彼の作風や好みがわかると思います。
彼の書いた灯台にかかわる「霧笛」は「ウは宇宙船のウ」という本に入っているSFで、非常に短い短編です。この灯台は犬吠埼の灯台の話ではありませんが、灯台のデザインはあまり変わりません。昔この作品を描いたときは、大牟田に住んでいた頃だったので、近所の灯台に偵察に行って写真を撮りました。ブラッドベリの「霧笛」に出てくるのは陸続きにある灯台ではなく、陸からちょっと離れた海の中にある灯台です。そこで話が始まります。
あの冷たい海の中の、陸から遠く隔たったところで、ぼくらは毎晩、霧の立つのを待ち、そして霧が立つと、真鍮の機械に油を差して、石造りの灯台の上に濃霧信号灯をつけた。灰色の空中にいる二羽の小鳥といったような気分で、マックダンとぼくとは信号灯を送る。
「真鍮の機械に油をさして」とありますが、ちょっと古い機械ですね。犬吠埼の灯台に行かれた方いらっしゃると思いますが、霧笛の機械がおいてありますが、ああいう真鍮の機械に昔は油をさして整備していました。マックダンとぼくは「灰色の空中にいる二羽の小鳥といったような気分」と言っています。霧が立ちますと、まるで自分たちが空中に浮いているみたいに足下が見えなくなってしまう、その気分をブラッドベリは本当によく表現していると思います。
この灯台はいつも赤く信号灯を発しています。霧が出て信号灯が見えないときに霧笛を鳴らしています。さっきみなさんが聞いたような「ゴー、ゴー」というような声が響き渡ります。その声を聞くと、「かもめたちが驚いて、何組ものトランプの札を一面にばらまいたように乱れ飛ぶ」と書いています。海ですから、かもめがいますね。パッと飛び散る様を「トランプをばらまいたみたいに」と表現する。それもやっぱりブラッドベリらしいです。
マックダンとぼく、ぼくっていうのはジョニーという名前ですが、二人で灯台で灯台守をしています。
「寂しい暮らしだが、きみはもう馴れたね?」
「ええ。さいわい、あなたが話し上手のおかげです。」
これで二人の関係がわかります。ジョニーよりマックダンの方が先輩です。文章だけではキャラクターが見えないし、マックダンが何歳で、ジョニーが何歳でということは書いていませんが、この会話を聞くだけで、このくらいの年齢かなと思えます。ジョニーは明日気分展開に休暇をもらって灯台を離れて上陸することになっています。
ジョニー「ぼくが行ってしまったら、こんなところにひとりぼっちにされるわけでしょう?どんな気分ですか?」
この灯台の周辺には何にもないのです。犬吠埼灯台周辺は町がありますが、アメリカの沿岸には100マイルくらい何もありません。100マイルは160キロくらいです。千葉の端から端くらいまであります。それぐらい町一つないなんて、ちょっと想像できません。今朝ちょっと地図を見て日本国で160キロくらい何もないところがあるかどうか調べたのですが、ほとんどありません。アメリカの沿岸は160キロくらい町がひとつもないような地域があります。
「海にはいろいろと不思議な出来事がある。」とマックダンが不思議な話を始めます。
ある晩、もう何年か前のことだが、おれがここにたったひとりでいると、この海にいる魚という魚が、みんなその海面に浮き上がってきたもんだ。どういうかげんか、この入り江の中にはいりこんでくると、なんかこう身ぶるいしながらも、その魚どもは、灯台の信号灯が赤・白・赤・白と自分たちのほうに照りつけてくるのを見つめながらじっとしているので、魚どもの妙な目がおれにはよく見えた。 その魚の群れは、まるで大きな孔雀の尾羽みたたいに、灯台のまわりに群がって、一晩中動き回っていた。やがて、こそっという音一つ立てずに、消えてしまった。
いなくなってしまった。で、マックダンはこう考えます。「遠いところをわざわざ魚たちが参拝にきたんだろう。」島の上にぽーんと立っていて、頭のてっぺんの方がピカっと光っている灯台が神様の姿みたいに見えたんじゃないかと言います。
マックダンの話は不思議ですが、そういう話をするのは、これから起こることの前触れなのです。
自分たち人間が機械を使ったり、潜水艦を使ったりしても、海の底にあるおとぎ話のような王国の、隠れた大陸の本当の底に足をおろして、本当のこわさを知るまでには、まだまだ何百万年もかかるだろう。だって海底では、今でも紀元前三十万年の状態のままだ。
人間が国をつくったり、勝ち取ったり、レンガをつくったり、喧嘩している間に、
魚どもはあごひげのような形の彗星と同じくらい遠いむかしから、深さ12マイルの海底で冷たく暮らしていた。
陸の上は変わっていっても、海の中は変わらない、という話をしているんです。
二人は階段をのぼって、灯台のてっぺんに行きます。この灯台は80段の階段があります。犬吠埼は99段。てっぺんに着いたら部屋のあかりを消して、ピカピカ光る灯台の灯りだけになります。霧が出ているので、霧笛は15秒に一度ずつ鳴く。この「ゴー」っという声が「動物が鳴いてるみたいだなぁ」とつぶやきます。
「夜鳴きをする大きな一匹の動物みたいだ。百億年という時間の果てにここに腰をおろし、おれはここにいる、これはここにいる、と海の奥底に向かって呼びかける。すると、海の奥底は返答をする。そうだよ。海の奥底が返答するんだよ。ジョニー、きみはここへ来てから、もう三か月になるね。だから、覚悟がいる。」
「1年のうち今頃なんだ。この灯台を訪ねてくるものがいるんだ。」
「え?魚?」
「別のやつだ。今まで言わないでいたのは、頭がおかしいと思われるからだ。」
「だけど、もうこのまま言わずにいるのは出来ない。何故なら、去年もやってきて、自分がカレンダーに印をつけた。多分、同じ日の今日また現れる。これ以上何を言っても、きみが直に見ないとわからないだろう。だから、ここで見ててくれ。今晩これを見た後で、灯台から陸にあがって、遠い町に行って、一晩中灯りをつけても、ぼくは何も言わないし、責めたりしない。これまでは自分一人しか見たことがない。それは3年前からやって来てる。きみが証人だ。一緒にいてくれる人がいるのは、初めてだ。」
ジョニーは「それは何なんですか?」と言いますが、マックダンは「きみは見ればわかる。言っても信じないだろうけど、見ればわかる。」と。待っている間にマックダンがまた話をします。霧笛についての考え方です。「ボーッ」と言うあの音は何かというと展。
ひとむかし前のある日、男がひとりやってきて、大海のどよめく、日のささぬ寒い浜辺に立ってこういった。『この海原越しに呼びかけて、船に警告してやる声が要るな。その声を作ってやろう、これまでにあったどんな時間、およびどんな霧にも似合った声を作ってやろう。一晩じゅう起きているひとのそばにある、からっぽの寝台(ベッド)に似合った、また、訪ねて行ってドアをあけても人のいない家に似合った、また、葉の一枚もついていない秋の木に似合った、そんな声を作ってやろう。鳴きながら南方に飛び去って行く鳥に似た音、また十一月の風や寒い浜辺に寄せる波に似た音だ。あまりにも孤独なために人がそれを聞きそらすはずがなく、また、それを耳にしたものならだれでも心ひそかに忍び泣きをし、またそれを遠い町で耳にする人には、我が家がいよいよ暖かく思われ、うちにいることがますますありがたく思われる、そんな音を作ってやろう。おれはわれとわが身を一つの音、一つの機械に化してやろう。そうすれば、ひとはそれを霧笛と呼び、それを耳にする人はみんな、永遠というものの悲しみと、生きることのはかなさとをさとるだろう』と。
「へぇ。こんなこと誰が言ったんだろう?」とジョーは思ったのですが、「こいつはおれの作り話だよ。」とマックダンは言います。何故そんな作り話をしたかというと、「なぜあの生きものが毎年きっとこの灯台へまいもどってくるのか、そのわけを解き明かしてやろうと思ってな。」ジョニーは「いったい何を言ってるんだろう?」と思って「でも...」と言うと、「ほら!ほら!」と。海の方を指さしています。その方を見ると、霧をかきわけて、海の中を何かふんわり浮かんで泳いで来ています。信号灯があっち向いたり、こっち向いたりしています。
初めはさざなみが起こり、それにつづいて大波がうねり、海水が盛り上がったかと思うと、大きな泡がひとつぽっかり現れたが、色の黒い、目の大きいでかい頭で、やがて頸が現れた。
頸がずずっとのびて、頭が水面から40フィートも高いところについています。12メートルくらいです。胴体は小さな島のようで、黒珊瑚と貝殻とざりがにがくっついていました。しっぽがちらちらと見え隠れしています。確かに30メートルくらいあるものが海の上に浮き上がってきます。
ジョニーが「ギャー」叫びます。マックダンは「落ち着け!」と。「いや、妙ちきりんなものが!」とジョニー。
妙ちきりんなのはおれたちだよ。あれは千万年もむかしの姿とそっくりなんだ。ちっとも変わってない。すっかり変わって妙ちきりんになってしまったのは、おれたちや陸のほうなんだ。
「あれは恐竜か何かの一種だ!」
「そうだ。恐竜だ。」
一億六千万年もの間、地球を跳梁跋扈していた、大きな大きな恐竜がたくさんいました。体長が30メートルを超えていたものがいました。でも、もちろん今は恐竜たちはいません。
「死に絶えてしまったはずだ」とジョニー。
「いや、隠れていただけだ。深い深い海の底に、隠れていた。この深い海の底っていうことばは、この世のありとあらゆる冷たさ、暗さ、深さがこもっているんだ。」
マックダンは詩人ですね。でも、ジョニーはパニクってます。「どうしましょう?」と。
「どうするって、任務があるから逃げるわけにはいかんよ。ボートで逃げても追いつかれる。ここにいる方が安全じゃないか。」
「でも、なんで、あいつはこんなところへ来るんですか?」
次の瞬間わかります。霧笛が鳴るんです。怪物がそれに応えて吼えるわけです。
「ボーー」っと。さっき皆さんが聞いたように。
その吼え声が、百万年前にわたる水と霧の向こうから聞こえてきた。ひどく苦しみもだえている。しかも孤独な声なので、ぼくは全身でぞっと身ぶるいした。怪物はこの灯台に向かって呼びかけるように吼える。霧笛が鳴る。怪物はまた吼える。霧笛が鳴る。
「もう、これで、怪物がなぜこの灯台にやってくるか、わかったね?」「うん」とジョニーがうなずきます。
「かわいそうに。あの怪物は、長い年月のあいだ、千マイル向こうの、二十マイルほどの深さのある海底に隠れてじっと時を待っているんだが、おそらくこの生きものの年齢は百万歳だろうな。」
もしかしたら一千万歳かもしれません。その間、怪物はじっと待っていました。
「考えても見ろ、百万年も待つんだぜ。仮りにきみなら、そんなに長く待っていられるか?たぶんあれは、あの種族の最後の一匹だろうな。どうやらこんなふうに思えるんだ。ともかく、人がここへやってきて、この灯台を建てるとする。五年前にだ。そして霧笛を据えつける。そしてそれを鳴らすんだ。きみがぐっすりと眠りこんで、むかしはきみそっくりの同族が何千匹もいたが、いまはきみひとりしかいない世界の海の思い出にふけりながら、自分にはもう意味のない、それでも隠れていなければならない世界にたったひとりぼっちでいる場所へ向かって、その霧笛を鳴らすんだ。
「霧笛はひびいては消え、ひびいては消える。
泥のようにぬかるんだ海の底から身をゆり動かす。
閉じていた目がパチっとあく。
のろのろと動く。
深い海の底からいなくなって、大洋がどっしりきみを押さえつけている。
霧笛が海の底の方までひびいてくると、
きみの胃の中がかっとなる。
動き出す。のろのろと上昇を始める。
鱈を食べたり、魚を食べたり、くらげをがぶがぶ飲み込んだりしながら、
少しずつ、少しずつ、霧笛の声を求めて水面にあがってくる。
急にあがったら、からだが破裂してしまうから。
1時間に数フィートずつ、からだを気圧に慣らしながら、あがってくる。
これは、マックダンの話してることです。「きみは」というのは恐竜のことです。恐竜も人間もマックダンも一体化しています。
「水面にあがるまでに三か月はたっぷりかかり、さらに灯台まで冷たい海を泳いで何日もかかる。
そしてきみは今夜、外のあそこにいるんだ。
そしてここには、きみに呼びかけている灯台がある。
灯台はきみによく似ている。
何より、声がきみにそっくりなんだ。 ジョニー、わかった?」
そこでまた霧笛が鳴る。怪物が答える。
ふいにジョニーにははっきりわかった。
怪物が海底からここにやってきたこと。
百万年のあいだ、ひとりぼっちで、二度と帰ってこないものの帰りを待っているということが。百万年のあいだ、海の底にひとりぼっちでいるということや、そこでそれだけの時間を過ごすという非常識さかげんがわかったのだ。
「去年は、あの怪物はこのまわりをぐるぐるぐるぐると一晩中泳ぎ回っていた。あまり近くへはこなかった。まごついていたんだろう。怖がっていたのかもしれない。
だけどあくる日は霧がすっかり晴れてしまった。だから泳ぎ去って、戻ってこなかった。
だから怪獣は同じように霧が出るのを待って、そして今日また戻ってきた。
赤、白、赤の光が怪獣の目に反射した。まるで火と氷が互いに怪獣の目の中にある。
燃えては凍る、燃えては凍る。そんな風に見える。」
マックダンは怪獣に向かっていいます。
「きみの人生なんて、こんなもんだ。二度と帰らぬものをずっと待っている。あるものを、それが自分を愛してくれるより、もっと愛してる。ところが、しばらくすると、その愛するものが、たとえなんであろうと、そいつのために二度と自分が傷つかないように、それを滅ぼしてしまいたくなるのだ。」
マックダンはどうしてそんなことを知っているんだ?と思います。マックダンは誰かを愛して傷ついたことがあるのかもしれない。
そのとき怪物は灯台に向かって突進してくるんですね。そのとき、霧笛が鳴ります。
そうするとマックダンは「どういうことが起きるのか、やってみよう」と言って霧笛のスイッチをパチっと切ってしまいます。
しーんと静かになります。
すると、はっと怪物も泳ぎをやめて、凍りついたように動かなくなってしまいます。
目がまばたきして、ぽかんとして、ごろごろごろごろと音を出します。
頭をあちこちに振り向けるところは、霧のなかに消えてしまったあの音を探しているかのように思われた。怪物はこの灯台をじいっと見た。もう一度ごろごろ吼えた。やがてその目は、炎と氷のよう目は嚇っと燃えた。
怪物はあと足で立ち上がり、ぱさっと水中に体を倒すと、灯台に向かって突進してきたが、その目には腹立たしげな苦悩があふれていた。
もう怒っているんです。「マックダン!霧笛のスイッチを入れろ!」とジョニーが怒鳴ります。スイッチを入れたときには、もう怪物はあと足でたちあがりかけています。灯台を前足でがはがいじめにつかんで、横倒しにしてしまいます。
灯台がゆれた。霧笛が叫び声をあげ、怪物が叫び声をあげた。そいつはやぐらをぎゅっとつかみ、ガラスに歯を当ててがりがり噛むと、そのこなごなの破片が、ぼくらの頭の上からあたり一面に飛びちった。
マックダンはジョニーの腕をつかんで「おりろ!」と叫んで、階段を二人でだーっとおりていきます。
灯台はぐらぐら揺れ、くずれかけています。
霧笛が吼える。怪物が吼える。
階段の下の地下室に二人は一緒に入り込み、隠れます。
灯台の石材が雨のように降ってきます。
灯台の霧笛が鳴りやみます。
怪物は灯台の建物に体当たりをします。
そうして、灯台は完全に倒れます。
突然、静かになり、波の音ばかりです。だけどもう一つ別の音がします。
「耳をすまして」とマックダンが言います。「耳をすましてごらん」。
初めは、巨大な真空ポンプで空気を吸い込むような音だったが、やがて嘆き、とまどいし、寂しがっている、あの大きな怪物の声になった。そいつはぼくらのすぐ真上に、手足をかがめた姿勢で倒れているので、吐きけをもよおすようなそいつの体臭が、ぼくらのいる地下室とは石壁を一つ隔てながらも、あたりの空気に充満していた。怪物はあえぎながらも叫んだ。灯台はなくなってしまっていた。信号灯も霧笛も。百万年の向こうから怪物に呼びかけていたものはなくなってしまったのだ。そして怪物は、その口をあけて、大きな音を出していた。あの霧笛そっくりの音を。くり返しくり返し。
その夜遅く、岬を通った船が通りがてらにその音を耳にして、怪物の吼える声を耳にして「あ、あの灯台の霧笛だ」と。万事異常なし。そんなふうに思ったに違いありません。
翌日の午後、救援隊が来て、助けてくれます。マックダンは大波があたって灯台が倒れたと言います。もうお天気になって海は静かになりました。そこら辺に、崩れ落ちた灯台の石材と波打ち際にいっぱい藻のようなものが落ちていました。多分、怪物の身から落ちたのでしょう。
次の年、新しい灯台が建てられます。ジョニーはもう町に移り住んでそこで別の仕事について、奥さんもいます。でも、マックダンは新しい灯台の責任者になります。「万が一に備えて」と言って。新しい霧笛がひとりぼっちで鳴いています。
「怪物は?」
「あれはもう行っちまったよ」とマックダンは言った。「深い海の奥底へ帰っちまったよ。この世の中では、なにを、いくら愛しても、愛しすぎることはない、という教訓になったね。あいつは一番深い海の奥底へ行っちまって、また百万年待つのだ。じっと海底で待っている。」
ジョニーは灯台の近くの海岸まで行って、霧笛の音を聞いています。やっぱりあれは怪物の声です。
これでブラッドベリの「霧笛」はおしまいです。あっという間でした。とても良いお話で、恐竜がかわいそうで、かわいそうで、いろんなことを考えてしまいました。
集英社の編集さんが、ブラッドベリの短編を描きませんか?って言ったとき、描けるんだったら絶対に「霧笛」がいいですと言って、描きました。
ろれつの回らない、たどたどしい朗読を聞いて下さってありがとうございました。
レイ・ブラッドベリに会った話をします。
2010年にアメリカのサンディエゴで、Comic-Con というマンガの大会があったんですが、そこに招待されて行ったんです。そうしたら、車イスに乗っているけど、ブラッドベリがコンベンションに来ていると言われたので、「挨拶したいと」言ったら「いいですよ」とあっさり言われて、ブラッドベリに会ったんです。それで「私はずっとあなたのファンです。愛してます。」と言ってしまって。きゅっと抱きしめました。「サインしていただけますか?」と言って色紙にサインしてもらいました。何て書いてあるかわからないけど、「感謝します」と言いました。いい思い出になりました。
でも、その後ブラッドベリは亡くなってしまいました。生きているのが見られて、よかった、と思いました。
●質疑応答
Q1) 今「王妃マルゴ」という作品を『YOU』で描かれていますが、時代ものですよね。『flowers』で「AWAY」を描かれていて、未来で、ほぼ500年くらい差があるのですが、それらを描かれているときに苦労されている点を教えて下さい。
A1) 現代からちょっと未来に行く、もしくは今からだいたい100年前くらいまでは感覚的にわかるというか、今とあまり差はありません。時期的に共感できる時代で、考えるのに苦労はいらないです。この時代の人は何を考えていたのか、こんなふうなことがあるんじゃないかと。
「王妃マルゴ」の方はフランスを舞台にした、バロア王朝時代のお姫様、王子様、カトリーヌ・ド・メディチ、エリザベス女王が出てくる歴史ものなので、価値観が今とは全然違います。毎日何を考えているのか、というのが今一ピンと来ない。とっかかりがありません。例えば、アンリ3世という、今は王子様、そのうち王様になるのですが、この人がどうもゲイらしいと。これは心理的によくわかります。エリザベス女王は女王になって、イギリス国教会やイングランドをつくっています。イギリスを何とか統治しなくてはならない。なんとなく苦労はわかります。歴史に残っている人たちの話はなんとなく推測はつくのですが、マルゴのようなメインではない普通のお姫様の心境っていうのは、本当に難しいです。
例えば、王室のお姫様だから、ある種の権力があります。「あいつは気に入らないからクビにしてもらおう」「これは気に入らないから他のを持ってきて」とか。ところが結婚はお母さんかお父さんに仕切られていて、「この人と結婚しなさい」と言ったら、「はい」と言って結婚する。財産権みたいなものもないし。シェイクスピアなんかを読むとそうですけど「ベニスの商人」でポーシャっていう裁判官に変装する女の人が出てきます。この人はお父さんが財産家なので財産のある娘で、結婚相手を探しています。ですが結婚したら財産は全部、旦那さんのものになってしまうのです。特別な場合を除いて、女の人は財産を所有しない。そういう時代なのです。想像がつかない。そういう時代に女の人が生きています。いったい何を考えているのだろう?と。昔の話はちょっと難しいです。
Q2)
質問者:ブラッドベリにお会いになったときに「愛してます」とおっしゃったそうですが、この会場のみなさん、全員萩尾先生のことを「愛してます。」(拍手)
萩尾先生:私も愛しています(笑)。I love you(笑)。
質問者:ブラッドベリは子供の頃、サーカスの占い師に「お前は永遠に生きるよ」と言われたという話を書いてありまして。ブラッドベリが亡くなったときに「彼の永遠の命はもう約束されている」と書かれていたのを読んだのですが、萩尾望都先生の作品も私たちの心の中に永遠に残っていくと思います。これだけの画業をなさった上で、今も新しい作品を、今までとまったく違う作品を生みだしておられます。そんなに描いていくことが出来るというのは何故なんでしょう?
A2) 皆さんが読んで下さっているのは本当に嬉しいです。できれば子や孫に紹介してください(笑)。
想像が止まらないというか、考えてないと退屈だというくらい、何か考えていることがきっと好きなのです。最近一番ショックだったのはやっぱり2012年の3月11日に起きた東日本大震災の大地震です。あのときはテレビで見ているだけでしたが、あまりにショックで。こんなことが起こったらもう何も描けない、とすごく落ち込んだんですね。落ち込んでいたら、友達がお花見に誘ってくれて、東日本大震災の話題になりました。特に福島の原子力発電所があんまり簡単に爆発してしまったのがショックで。日本でもチェルノブイリと同じようなことが起こってしまった、日本でまさかこんなことが起こると思わなかった、ということを話していたら、放射性物質を吸収する植物、ひまわりとか菜の花とか植えて、土壌を改善しているらしいよ、という話を聞きました。家へ帰ってネットで調べてみたら、福島で土壌改善の動きもぼちぼち始まっていました。もうダメだと思わないで、やっぱりこのダメを乗り越えなきゃならないんだと思いました。被災した場所にひまわりや菜の花が一面に咲いたらきれいだろうなと思って、そういう話を描きたいという気持ちがむくむくっと起き上がってきました。もう何も描くことが出来ないと思っていたのですが、やっぱり希望がある話を描きたいと思い、ここでまた描きたいという気持ちが浮かんできました。こんなふうにどこかで誰かが励ましてくれる、どこかで誰かが頑張っているかと思うと、描いていけるような気がします。
Q3) 以前何かの講義で萩尾先生は「ポーの一族」については、続編か新作を考えてないこともない、というようなことをおっしゃられていると目にしたことがあります。お願いです。是非、新作を描いて下さい(拍手)。
A3) 今、「ポーの一族」の卵をふ化している最中です。うまく生まれてくれればいいなと思いながら、待っているところです。
Q4) 萩尾先生はSF作家と言ってよろしいと思いますが、SFの場合に、遠い過去や遠い未来のことは比較的描きやすいと思います。ところが、近未来や近い過去のことはなかなか描きにくいところがあると思いますが、このようなことを描くのに大変苦労したというようなエピソードがありましたら、教えていただきたいと思います。
A4) まず、私はパソコンがすごく苦手なんです。ちょっと先の未来だと、きっとパソコンだけじゃないだろうなと思います。いま描いている「AWAY」が2030年を舞台にした作品なんですけれど、多分ウェアラブルとか、スマホとか、そういうものがたくさんあるんだろうなと思うんですが、そこら辺がさっぱりわからない。「モバイルって何?会社?」というような具合です。
また、下水道は2030年頃はどうなってるのか?今でも自動的にやっていますが、水道局とか下水道の人が毎日何をやっているのか、水道局に勤めているという人のブログを覗いても、よくわからない。自分の専門外の、でも必要なことを調べるのが、実はすごく大変です。みんな知っているようで実は知らないし、ちょっと突っ込むと専門的になるから、こんな専門的なことは誰も言わないだろうといって、わざわざそういうブログを書いている人もいない。
で、どうするかというと、はしょったり、でっちあげたり、いろいろと、あれやこれやで、何とかしています。もし、あまりに変なことを描いたら、読者が「それは違う」と言ってくるだろうから...。単行本になるときにちょっと描き直したり、近未来をそうやって描いています、すみません。
Q5) 私と萩尾先生の作品の出会いは『少女コミック』に載った「この娘うります!」なんです。今年の春に上演されたスタジオライフの「トーマの心臓」、先月は野田秀樹さん演出の東京芸術劇場での「半神」を拝見させていただきました。先生の作品の舞台化が好きなんですが、舞台化するときの裏話などを教えていただければと思いました。「半神」は特に先生は脚本にもお名前を連ねておられるので、舞台のお話などを聞けたらなと思います。
A5) 私は1981年にモスクワに旅行したときに、観光バスが交通事故にあいまして、頭を怪我したんです。頭蓋骨骨折して、モスクワの大きな病院に2週間入院しています。20人くらい入院したんですが、2名を除いてわりと軽傷だったもので、日本に帰ってしまって、私とガイドの川崎さんという方ともう一人ロシア人の方がずっと入院していました。やがて日本に帰って来て、もう一度精密検査をして、そのときにお医者さんに半年仕事しないように、コーヒー飲まないように、興奮しないようにと言われたのです。そうなると、何にもすることがないんですね。ちょっとムチウチ状態だから、何もしなくても眠くなってしまいますし。そうしたら友達が「今いろいろなお芝居を学生演劇とか小劇場でやってるから、見に行きませんか?新しい内容でおもしろいんですよ。」と言ってくれたのです。誰かが「私、今これに夢中なの!」と言うと「じゃあ、私も行く」と便乗していく癖が私にはあるんです。
そうしたら夢の遊眠社の「小指の思い出」というお芝居がもうめちゃくちゃおもしろくて、端から端まで、最初から最後まで役者が走り回っている、飛び回っている、上から転がってくる。すごい興奮して、「あ、興奮しちゃいけないんだわ」って言いながら観ていました。どんな内容だったか人に説明しようとしたら、何がなんだかわからないんです。もう一度観に行ったんですが、やっぱり興奮の渦に巻き込まれて何がなんだかわからないうちに最後まで行ってしまったんですね。それでアンケートに書いたんです。そうしたら、野田秀樹さんがそれを見て「こいつ、萩尾望都の名前を使ってるけど、偽者じゃないか」って思ったそうです。で、連絡してみたら私、本人だったんです。それから、ちょっとお付き合いするようになりました。
その後は野田さんの作品はひと公演何度も観に行くんですが、そのうち野田さんから「うちの劇団の女優を使った舞台をつくりたいのだけど、僕はどうしても少年が主人公になってしまうから、女の子が出てくる脚本を書いてくれないか」と相談されたんです。私の持っているネタでおもしろいものというのは、「半神」くらいかな。あれは女の子が二人出てくるし、と思いました。でも何せ16ページと短いから、まとめちゃったら15分で終わるんじゃないかと思ったんですが、何か付け加えて2時間くらいの舞台でお願いしますと言われました。それで2週間ぐらいかかって書いたのですが、何かうまくいかない。前半だけで野田さんに「すいません、半分しか出来ません」と渡しました。すると野田さんが「いいですよ」と言って残りを書いてくれました。
創作というのは不思議なもので、だいたい3日ぐらいで内容がわかってきて、5日ぐらいでだいたいまとまる。それ以上かかったら、それはおかしい。いま描くものではなかったり、何かが足りなかったり。基本、作品にはならない。昔はこうすればどうだろう、ああすればどうだろうと、餃子の皮をねじるように、饅頭をつくるようにこねても、溶けちゃうんですね。そのうち、一回時間をおかないと無理だ。出来ない作品は早く諦めよう、と自信がつくようになりました。
「半神」の脚本を毎日少しずつ書いて行ったんですけれど、後半がどうしても形にならなくて。野田さんに「すいません!」と言って渡しました。具体的に出来上がるまで、どんなふうになっているかよくわからなくて。「萩尾さん、ゲネありますから」と言われて観に行ったら、すごい素敵な作品に仕上がっていました。私はもう野田さんに足を向けて寝られません。
「半神」は舞台がぐるっと回るんですね。ねじで回ってるんでしょうか?と聞くと「いや、下で劇団員たちが回してますから」と言われて、みなさん大変だなと。「トーマの心臓」もスタジオライフがすごく素敵な舞台にしてくれて、やっぱり舞台転換というか、図書室がすーっと出てきたり、後ろの扉がさーっと開いたりするんですね。タイミングよくベルが鳴ったり。「劇団員が舞台の影でやってます。ドアをあけてるのはサイフリートです」。
Q5追) 「半神」の舞台で、最後に霧笛がなったのは何だったんだろうと疑問が残りました。今日の日のために鳴ったんだろうと思ったのですが(笑)。
A5追) 舞台「半神」は、野田さんがやっぱりブラッドベリの「霧笛」がすごく好きで、その話を組み入れて下さったんです。野田さんがつくった「半神」というのは、シャム双生児のシュラとマリアが体が切り離されて、シュラは一人になった孤独を抱きしめて人間の世界に帰っていく。怪物の世界に残されたマリアには、怪物がいなくなったシュラの代わりに声をつくってあげる。「霧笛」の声をつくってあげるんです。その声が最後に舞台に響くんです。もし「半神」の舞台を観る機会があったら是非観て下さい。
Q6) 先生の本の最初に先生の写真が出ていたり、テレビなどで何度か拝見したのですが、以前ベレー帽をかぶってらしたと思います。あれはいつ頃のことでしょうか?
A6) 私はすごいベレー帽に憧れていて、小学校の頃、手塚先生がのお姿を見て、漫画家はベレー帽をかぶらないといけないんだと思ったんです。手塚先生の似顔絵を見るといつもベレー帽をかぶっています。私も漫画家になったらベレー帽をかぶらなきゃと思って、10年くらいかぶってたんですけど、だんだんヘアのデザインが変わったりして、ベレー帽をかぶらなくなってしまいました。でも、そう言っていただいたので、また再挑戦させていただきます。
【最後に】みなさん、今日は遠いところ来ていただいて、ありがとうございました。
この後、展示されていた複製原画の抽選がありました。私は外れました~。
素敵な講演会でした。イベントを企画・運営して下さった犬吠埼ブラントン会の皆様や当日お手伝いして下さった銚子市役所の皆様、どうもありがとうございました!