「音楽の在りて」刊行記念トークセッション・レポート
萩尾先生と大森望さんの「音楽の在りて」刊行記念トークセッションに行ってまいりました。会場はとても狭く、先生にすごく近く、なんだか緊張しました。40人+関係者10名以上という人がぎっしり入っていました。
追ってマトグロッソできちんと文字化されると思います。録音などはもちろんしていませんので、私の記憶に残っている印象的な部分+メモをとった固有名詞で簡単なレポートを書きました。SFファンではないので、知らない作家名が多かったので、そこだけは調べて確認いたしましたが、間違いがあるかもしれません。マトグロッソに正しいものが出たら、またご指摘あれば、訂正します。
小説集『音楽の在(あ)りて』刊行記念インタビュー
萩尾望都のSF世界
萩尾望都(マンガ家)×大森望(SF評論家)
時間:2011年4月29日(金・祝)19:00~21:00
場所:ジュンク堂池袋本店 4F喫茶
- ■この対談のきっかけ
- ○大森さん
- 「音楽の在りて」刊行記念の著者インタビューの依頼がきた。せっかくだから、読者の前でやろうということになり、萩尾先生に了承してもらった。ジュンク堂さんが快く場所を提供してくれた。
- ■「奇想天外」のこと
- ○大森さん
- 自分が新潮社に入社してすぐ、新潮文庫の担当をしていたとき(1983年頃)、以前読んだ「奇想天外」に掲載されていた萩尾先生の小説が単行本になっていないので、是非新潮文庫に入れたいと企画書を書き、とあるパーティーで先生にお願いしたら、「とんでもない!私は小説は本職ではないので」と断られた(→そのお話を先生は覚えていらっしゃいませんでした)。今回、この作品を単行本化されたのは何故でしょう?
- ○萩尾先生
- 編集さんに声をかけられたとき、もう年だから恥はかきすてだろうと、もういいやと思って了承した。「守人たち」以外はこれまで読み返したことがない。今回、単行本化するので読み返してみたら、「おもちゃ箱」などが好きな作品だなと思った。
- ■そもそも「奇想天外」にこの小説を掲載された経緯は?
- ○萩尾先生
- おそらく当時の「奇想天外」の編集者と知り合って、最初から「短編小説を書きませんか?」という依頼だった。
- ○大森さん
- ちょうど「マーガレット」でブラッドベリの短編の漫画化などに取り組まれ、この直後に「百億の昼と千億の夜」を連載され、萩尾さんの作家人生の中で最もSFにひたっていた時期だった。
- ○萩尾先生
- この作品の前に短編童話を小学館で連載していて、なんとなくこんな風にやればいいのだろうということがわかっていた。漫画の1作品、例えば31ページだと、まるまる1ヶ月かかる。小説(大森さん曰く平均で400字×20枚くらい)の場合なら3~10日で書けるので、思いついたアイディアを外に出すサイクルが速くて、バランスがとりやすかった。
- ■「ヘルマロッド殺し」について
- ○大森さん
- 「ヘルマロッド殺し」は「左ききのイザン」へ続く作品で、大きな話が短いページ数の中にたたみ込まれている。これを書いたのは?
- ○萩尾先生
- 遺跡発掘シリーズというか、クローンが書きたかった。手塚治虫先生の「やけっぱちのマリア」や「ノーマン」といった人造人間の話を読んで、クローンを書いてみたかった。
- ○大森さん
- SFでもクローンを書く作家が登場してきた頃だった。
- ○萩尾先生
- 若い頃(20代の終わり頃)だから未来を無尽蔵に思い描くことができたことが大きい。
- ■「プロメテにて」
- ○萩尾先生
- 1960年代のSFは異星人との遭遇というテーマがとりあげられていたので、それをやってみたかった。例えばヴァン・ヴォクトの「宇宙船ビーグル号」やシェクリイの「人間の手がまだ触れない」など。異星人と出会い、価値観がひっくり返ったり、あらたなものの見方が登場するのがいいと思っていた。
- ■「美しの神の伝え」
- ○萩尾先生
- こだわったのは人造人間。新種の人種を作るということに凝っていた。この「理想的な人類を作ろう」というのは、「マージナル」でもやっており、昔から好きだったようだ。
- (○ここでイラスト4点を見せてくれました)
- 1)「音楽の在りて」の挿絵に使われているもの
- 2)茶色の服の人→使者
- 3)白い服の人→春狂い?
- 4)剣をもつ少年→シェスあたりかな?
- 性もなく名もないミューたちには個体差がなく、一種のユートピアで暮らしている。ここの支配者は14年もかけてぐるぐると消滅と再生を繰り返して、その中から新しい生命が生まれるのを待っている。今ならそんな悠長なことをしていないで、遺伝子工学でちょちょいと生命を誕生させればいいのに、当時はそんなものがなかったので、考えつかなかった。
- ■萩尾先生の文章の書き方はどこからきている?
- ○大森さん
- 萩尾先生のSF作品はぼやかし方がうまいので、古くならない。時の流れに耐えうるSFになっている。細かく書かなくても良いことを書いてしまって、後から突っ込みを受ける作品があるが、萩尾先生はそこを上手に書かないようにしている。今読んでも古くない。
- ○萩尾先生
- アジモフ、ブラッドベリの影響を受けている。また、それから「SFマガジン」で星新一や筒井康隆などの日本のSF作家のバタくさいところに影響を受けている。
- もともと翻訳ものの方が好きだった。日本人の書く作品は誰が喋っているのかわからない。その点、翻訳ものはかならず「と○○は言った」というのが入るのでわかりやすかったこと。例えば三島由起夫など日本人の作家の書くものは日本の田舎が舞台で、日本の田舎のことなら十分知っているから、知らない場所のことが知りたかった。ここではないどこかへあこがれる気持ちが強かった。
- ■萩尾先生のSF体験
- ○萩尾先生
- アジモフの「宇宙気流」を読んだとき(中学生~高校生くらい?)、「地球なんか知らない」と言われていて、ひどくショックを受けた。自分が幽霊になったかのような気分になった。
- 中学生から高校生の頃、大阪の吹田市に住んでいて、学校の近くにあった貸本屋にハヤカワのSFシリーズが揃っていて、それを読んでいた。その後、福岡の大牟田に戻ったらそんな貸本屋はなくて近くの本屋さんで買ってブラウンやアジモフ(アシモフにはアシモフとアジモフの両方の表記があって、アシモフの方が主流ですが、先生はアジモフと呼ばれていました)を読んでいた。
- その後、20歳頃にブラッドベリにはまった。最初に読んだのは「10月はたそがれの国」「ウは宇宙船のウ」の2冊だった。
- ○大森さん
- 萩尾先生が「ブラッドベリ大全集」に掲載された対談を読むと創元SF文庫で読んでいて、ハヤカワを読んでいないことがわかる。
- ○萩尾先生
- 昨年コミコンに参加して、サンディエゴでブラッドベリにあった時のこと。「ブラッドベリが来ています」と言われて、「え?まだ生きてるの?」って思った。遠くから見ようと思っていたら、ちゃんと会わせてくれて、20代のときめきのままサインをもらい、興奮して話しかけてしまった。
- ■萩尾先生の最近のSF作品について
- ○萩尾先生
- 普通は細かく設定を考えて構想を練るのだが、「バルバラ異界」では着地点をどうしようと考えながら創っていた。だから例えば、青羽は何故未来社会では飛べないか、という点をはしょってしまっている。
- 自分にとって、SFはロックンロールで、普通の人の日常生活を描く作品は演歌のようなもの。年をとるとカラオケで演歌を歌うように、日常も意外とおもしろいと思うようになってきた。だが、SFをずっと描いていないとSFが足りなくなってきて、少し遠くへ行きたくなる(=SFが描きたくなってくる)。
- ○大森さん
- 最近描かれたSF作品、「バースデイ・ケーキ」は1960年代~70年代のムードの作品になっている(大森さんが編纂された「年刊日本SF傑作選」に入っています)。
- ○萩尾先生
- 今後、SFを描く予定はあるが、内容はネタバレになるから言えない。
小説は、細かな作業ができなくなったら書こうかな? - ○大森さん
- 「守人たち」や「マンガ原人」のようなユーモラスなSF作品はどうか?
- ○萩尾先生
- 「守人たち」は「百億の昼と千億の夜」の取材で奈良を訪れた際に思いついたお話。薬師如来がいなくなって十二神将が探しに行く話だが、タクシーに乗っていったり、近鉄に乗ろうとしたり、等身大の人間のようなつもりで書いたのかもしれない(実際は結構大きいそうです)。
- ■SFについて
- ○大森さん
- 最近気に入っているSF小説は?
- ○萩尾先生
- フランク・シェッツリングの「深海のYrr(イール)」海洋冒険SFサスペンスともいうべき大作。同じくシェッツィングの「LIMIT」に登場する軌道エレベーター(地球から月までのエレベーター)が、地球から建てて行くのではなく、月から2本のロープを下ろしてそこからロープを垂らすという発想が面白かった。
ほかにもコニー・ウイリス、アーシュラ・K・ル=グウィン(「西のはての年代記」)、ロイス・マクマスター・ビジョルドがいい。 - ○大森さん
- 今のSFと昔読んでいたSFの違いは何か感じるか?
- ○萩尾先生
- 昔のSFは悪い人と良い人がかっちり決まっていた。最近のSFはその境界が曖昧だ。多様な価値観が出てくるので、そこがよい。
- ○大森さん
- オススメのSF作品は?
- ○萩尾先生
- SFを読んだことがない人→ブラッドベリやフレドリック・ブラウン
- ちょっとひねり系が好きな人→星新一
- ロマンチックなものが読みたい人→ロイス・マクマスター ビジョルド
- BL好きな人がはまりそうなもの→デイヴィッド・ファインタックの「銀河の荒鷲シーフォート」シリーズ(ハヤカワ文庫SF)。男ばかりの体育会系の世界が描かれている。
- 歴史スペースオペラが好きな人→ロイス・マクマスター ビジョルド「無限の境界」(創元SF文庫)
- 宇宙へ行くとかではなく、近場のSFが読みたい人→スティーヴン・キングの「セル」
- ■質疑応答
- Q.SFを書くとき気をつけていることは?
- A. 科学的な知識がないから、設定について出来るだけ調べたり、理工学系の詳しい人に聞いたりする。
- Q. 小説を書くときいろいろな構想をメモにすると思うが、それを絵にしたりしますか?
- A. 絵を描くことが多い。神殿の図とか、人の表情とか。それを絵にしていくことで、作品が動いていくことが多い。
- Q. 「音楽の在りて」で今だったらマンガにしたいと思いますか?
- A. 他の人がマンガにするのは嬉しいけど、自分はちょっと。CGとかで創ってくれたら面白いかもしれない。
- Q. 「音楽の在りて」で当時マンガにしたら面白いと思ったものはありませんか?(大森さん)
- A. お話が浮かんで文字に落とすのと絵に落とすのとでは、頭の中で別れてしまう。例えば「おもちゃ箱」で生徒が作るものが人によってキノコのように見えたり、他のものに見えたりする。それは絵にすると難しい。だから文章に落としたときの書き方でこうなった。
- Q. 吾妻ひでお先生との今回の合作(「愛のネリマ・サルマタケ・ゾーン」)について
- A. 「文藝別冊」で何か描いて下さいと言われて、それなら以前のように合作にしましょうと提案した。吾妻さんに自分が出したネタがあって、それは『アフタヌーン』に掲載されていた「BLAME!」(弐瓶勉)という作品で、これが異空間に落ちて、延々歩き続けてたどり着けない物語だった。そういうものを描きたいと言って吾妻宅に行った。そうしたら吾妻さんが「愛のコスモ・アミタイツ・ゾーン」のときに使ったスケッチブックを持っていて出してくれた。それに続けて白いところにまたスケッチしていった。
- Q. ブログなどやらないのですか?
- A. 根気がないのでやりません。
- ■最後に今後の予定
- 3月11日の震災以来、頭がぐるぐるしていて(おそらくいろいろと考えることが多くての意味かと)、疲れてしまっている。とのこと。
少し原発や電力とご自分のお話をされました。作家としては、根本的に考え直さなくてはならないことや、ショックを受けたことが多かったご様子でした。