JXTG児童文化賞・音楽賞 受賞記念公演に行ってきました。

JXTG児童文化賞・音楽賞 受賞記念公演2018年2月5日(月)、紀尾井ホールで開かれた「2017年度JXTG児童文化賞・音楽賞 受賞記念公演」に行ってきました。

萩尾望都先生は2017年度のJXTG児童文化賞を受賞され、2017年9月28日にホテルオークラ東京で開かれた贈賞式に出席されています。
JXTG児童文化賞・音楽賞
JXTG児童文化賞・音楽賞 受賞記念公演例年、贈賞式の後に招待者限定で記念公演(講演とコンサート)が開かれています。
紀尾井ホールのロビーには受賞者の紹介がパネル展示されており、萩尾先生の場合は著書が並べられていました。「ポーの一族」のフラワーコミックス版、今はこういう帯がついているのですね。宝塚効果もあり売れ行きは順調だそうです。

萩尾先生は一番最初に講演をされました。題して「創作について―見えるものと見えないもの」。パンフレットにはこうあります。
「現実の世界で、みんなが見えているものが私はよく見えず、どうも、どちらかというと、別のものが見えているらしい。それのギャップを埋める試みが、創作につながっていると思う。」

ご講演の冒頭で「萩尾望都です。漫画家です。」とおっしゃいます。いつもそうおっしゃるのです。以下、簡単なメモからおこしました。本当に概要で、実際は20分くらいの長いご講演でした。


パネル創作とは、私にとっては世界に隠されている見えない物を見つけることです。ずっとみんなが見えるようにものが見えず、ちょっと違うものが見えていました。これは、とても生きづらいことでした。

私が漫画家になったのは、手塚治虫先生の「新選組」を読んだからです。止まっているはずのマンガのコマが映画のように動き出す素晴らしい作品で、人生について、人間について深く考えるきっかけになりました。当時は学校も大人も漫画を読むとバカになると言われていたので、親の目を盗んで読んでいました。漫画を描くことについては親と大げんかもしましたが、描きたい気持ちをずっと持ち続けてきました。

1972年「ポーの一族」を発表しました。この作品を描くきっかけになったのは、服飾の歴史の本を読んだことです。コスチュームがたくさん描かれたもので、19世紀頃のマントがあり、ふと、これを少年が着てフール・オン・ザ・ヒルのように夕闇迫る丘の上に立たせてみたらと絵が浮かんできました。それはドラキュラではないかと思いましたが、私はずっとオカルトが嫌いでした。ですが、石ノ森章太郎先生の「きりとばらとほしと」では過去・現在・未来が描かれ、ドラキュラだけれど美しく描かれていました。年を取らずに生きているマントを来た少年。自分は変わらないので、変わっていくものに毎日別れを告げながら生きていくようなものだ。それは孤独ではないだろうか、と思いました。そんなことを考えていると、キャラクターが出来上がっていきました。いろいろな時代の服装が描けるのも楽しそうだと思いました。

jxtg05.jpg高校を卒業してから漫画家になりたいと思っていたのですが、そんなことを親に言えば反対されるに決まっています。デザイン学校で服を縫うことを勉強すると言って「それならば」と許してもらい入学しました。服飾の学校でもクロッキーやデッサンを勉強することが出来るのです。そのデザイン学校の授業で先生と生徒で映画を観るちう時間がありました。「80日間世界一周」は1872年の小説なので男性はシルクハットにタキシード、女性はドレスです。「俺たちに明日はない(ボニーとクライド)」は1930年代なので、第一次世界大戦・大恐慌後のアメリカの服装です。

「ポーの一族」の後「トーマの心臓」という作品を描いたのですが、これはフランス映画の「寄宿舎」を観たことが発端で、それをドイツの学校に置き換えました。この物語をつくるときに、女の子が主人公の女子校のお話と男の子が主人公の男子校のお話、両方考えてみました。すると女の子は「こんなことをするのは女の子らしくない」と言われてしまうことが多くて、ストーリー上どうにもうまく動かせない。男の子の方が多少乱暴なことをしても許されるので動かしやすい、と思って男子校を舞台にしました。自分でも無意識のうちに「女性だからこうしなければならない」と自分で自分を縛っていたことに気付かされました。

ドイツを舞台にしたのは私がヘルマン・ヘッセという作家が好きだったからです。「車輪の下」という作品は神童と言われて良い学校に入学したのですが、いろいろあって主人公が落ちこぼれて行くんですね。学校で落ちこぼれると川に落ちるというのは、初めて読んだのが受験生の時だったので、ちょっとトラウマで、嫌いになりました。ですが、その後読んだ「春の嵐」では主人公は誰かに勝とうとか競争しようとは思わない。静かに穏やかに生きている。それで気付いたのですが、「車輪の下」のハンスは「春の嵐」の主人公と同じだと。それで「車輪の下」のことも好きになりました。私は「春の嵐」に出会ってとても生きやすくなりました。

世間と違うものが見えてしまい、失敗の多い人でも、幸福に生きることはできます。
世界にある見えないものを探し、生きやすさを探しながら、これからも漫画を描いていこうと思います。


その後、音楽賞(邦楽、洋楽奨励賞、洋楽本賞)の3組が演奏され、コンサートは終了しました。

萩尾望都を囲む会さて、その後のことですが、紀尾井ホールの目の前にあるホテルニューオータニ、シリウスの間で「萩尾望都を囲む会」という受賞記念パーティが開かれました。これはJXTGグループではなく、萩尾望都先生側の主催です。これまで、こういうオープンでない情報はあまり私も出さないのですが、今回はマネージャーさんのお許しがあったので少しだけ書きます。

JXTG児童文化賞・音楽賞 受賞記念公演萩尾先生のお身内の方、マネージャーさん、アシスタントさんたち、小学館、集英社、講談社、白泉社、河出書房新社、フリーの編集者の方々ほか、先生の親しいお友達の皆様で今回の受賞のお祝いをされていました。

JXTG児童文化賞・音楽賞 受賞記念公演出していいと言われると思ってなかったので、全然お料理を撮影してなくて、すみません。せめてもと皆さん一押しのローストビーフだけ撮りました。絶品です。お料理は全然多くて余りそうな勢いでした。


萩尾先生ご自身は同じニューオータニ内で開かれたJXTGグループのパーティに出席されていて、最後20分くらいしかいらっしゃらなかったのですが、ご挨拶をされていました。さすがにここの写真は撮っていなかったので、同席された方のツイートから引用します。





2018.02.11 23:05 | イベント

宝塚歌劇花組公演「ポーの一族」を観劇してまいりました

宝塚ポーの一族2018年1月1日から宝塚大劇場で公演が始まっている「ポーの一族」ですが、1月13日11:00の回を観てまいりました。素晴らしい舞台でした。小池修一郎先生が原作の世界観を大切にし、舞台表現の中でわかりやすく展開、演出してくださいました。ご存じの通り、ビジュアルの再現率の高さたるや、ため息が出るほどです。そして演者の皆さんの演技・歌・踊り、スタッフの皆さんの音楽、衣装、舞台装置、照明、すべてがとても高いクオリティでつくりあげられていて、感激しました。

宝塚の舞台は私は初めてです。宝塚というものが、伝統に培われてきたノウハウを生かし、非常に厳しい中を選ばれてきた人材に、肉体・演技・メンタルすべてにおいて徹底的な訓練を積み重ねた、日本で最高峰のエンターテイメントの集合体で、芸をきわめた人たちの集まりであることは知識としては理解していましたが、目の当たりにすることができました。興味がなかったわけではありませんが、たまたま私が若い頃に出会った舞台が宝塚ではなかったということかと思います。若い頃に見たら、はまっていたことでしょう。

「ポーの一族」は孤独にまつわる物語です。でも孤独だからこそ、血縁と血縁でないにかかわらず「愛」で結びつこうとする物語でもある。暗く重く宝塚的な華やかな要素は少ないながら、宝塚の世界観と一致する部分もある。これをどう美しく見せてくれるのか。

原作ファンなので脚本についてをメインで感想を書くことにします。以下ネタばれせずに書くことはできませんでしたので、ご注意ください。



宝塚ポーの一族脚本は、短い時間の中で原作に出来るだけ忠実にストーリーを追い、初見の人にもわかりやすく組み立て直されています。その手際の良さは本当に素晴らしい。メインは「ポーの一族」です。それに「メリーベルと銀のばら」の中からエドガーとメリーベルが捨てられ、一族に加えられる経緯が前段階でていねいに描かれています。「ランプトンは語る」のドン・マーシャルとマルグリット・ヘッセンとルイス・バードと新たに作りられたバイク・ブラウン4世が「現代から見てエドガーを追う」という語り手となり、ストーリー全体をわかりやすく進めていきます。そしてさらに物語をわかりやすくかつスピーディに見せるため、細かな改変が加えられています。宝塚なので大人数が登場する華やかな場面をつくる必要があり、メインをブラックプールのホテルに設定、村人の集まる酒場やロンドンの街中の市場など原作にない「場」を設定しています。

「メリーベルと銀のばら」では男爵とシーラの婚約式の夜、エドガーがハンナの正体を知っていつか仲間に加わることを約束し、メリーベルと遠ざけるためにアート家に養女に行かせます。原作ではそこから時間が経過してからビル親父が老ハンナを消滅させるのですが、舞台では婚約式をペッペたちが見てしまい、村の大人たちに訴えます。当然すぐに館を襲撃しようとする村人たちを牧師が止めます。それで時間を稼いだことになっています。子供だから本当にバンパネラかどうか信用できないと慎重になる牧師に対して、事実を確認するためにビルが行く設定になっており、そこで老ハンナを消滅させます。その短い期間にメリーベルを養女に出すのは、ちょっと厳しい感じましたが、やむを得なかったかなと思いました。

村人たちが館を襲いにいく「対決」のシーンで「ポーの一族」「ポーツネル」の両方の言葉が出てきて、ポーツネルは男爵の名前であって一族を総合的に言う時は使わないだろうにとは思いました。どの場だったのか自信がないので次回確認します。ここで結局、大老ポーはどうなったのか、微妙な感じで終わらせているのが、後への伏線となっています。

宝塚ポーの一族次に、ロンドンで目覚めたばかりのエドガーがディリーを襲うという場面をディリーの家ではなく市場の中、人目のあるシーンにしています。いやこんな人目のつくところで襲わないだろうと思ったのですがエドガーが目覚めて戸惑うところをスピーディにするためでしょう「こんな街中で!」というポーツネル男爵のセリフが出てきて意図的であることがわかります。その前の馬車での移動にわざわざ「ゆうるりと」の歌を入れじっくり描いた後に市場の華やかなシーンをもってきて、スピードを上げたり落としたりのメリハリが効いていてこちらの集中力を途切れさせません。

「メリーベルと銀のばら」の核となるオズワルドとユーシスとの関係を短いシークエンスにして見せています。短いので台詞だけにして省略してもよかったのに、わざわざ演じて見せたのは、ここが抜けてしまうとメリーベルがエドガーについて行く理由が弱くなってしまうためでしょう。こういう部分を雑にしないところに大事にしてもらえてる感があるんです。ただ、せっかくなのでメリーベルに最後の挨拶をする場面だけは「窓」を生かして欲しかった。しかしこの小さなフラストレーションはアランを連れに行くシーンへの期待につながります。

「ポーの一族」に入ります。ブラックプールのホテルをメインの舞台としたため、ポーツネル一家の住まいをホテルに改変。また、クリフォードの診療所(クリニック)もホテル内に設定されています。これもいいです。これ以降はほかにセント・ウィンザーとトワイライト家が舞台です。海辺の小屋とカスター先生の診療所は重要な場所なので一度しか出てきませんが、きちんと設定されています。学校をさぼってエドガーとアランが行くとりでは学校の校舎の塔に変更し、ここでアランを襲います。

脚本の一番の見どころは降霊術の大会を入れたオリジナル部分。もちろん「ホームズの帽子」のエピソードから発想されているのでしょうが、小池先生のオリジナルです。ヴラヴァツキーという原作にまったくない人物がとても魅力的です。彼女の役割は大老ポーを登場させ不吉な予言をさせることとクリフォードとバイクに銀の銃弾を与えること。それはわかるのですが、わざわざ時間を使った降霊術の会の意味は本当はどこにあるのか。次回考えたいと思いました。特に「海辺の小屋に近づくな」の言葉が丸無視されているので余計に違和感が。ちょっとでもシーラが逡巡してくれたらよかったのですけれど。

先に触れましたが、原作ではちょっとしか登場しないクリフォードの友人バイクの存在を大きくしてジャーナリストに設定、ポーツネル一家の足跡を残す役割を担い、そして現代に4世として子孫に伝えるという改変をしています。バイクについてはこのことにプラス、クリフォードの「非科学的なことを信じない現代的な人間」という側面を強化する役割ももっているように思えます。

エドガーとアランの出会いをホテル内にした演出はよかった。馬を出すことは可能かもしれませんが、手間がかかり過ぎるし時間も取られる。私は大好きな場面ですが、それはマンガ表現として素晴らしいのですけれど、今回の舞台にのせるにはいささか過剰になってしまう。こういうところに手際の良さと思い切りの良さが感じられます。

宝塚ポーの一族シーラがジェーンと偶然出会い、一緒に帽子を見る行くシーンが事前にジェーンに近づくことを狙ってウェディングドレスを見に行くことにした変更はわかりやすい改変です。ホテル内のドレスメーカーになっているのも場の移動がスムースです。ただ、ジェーンが具合の悪くなったメリーベルを連れて行く場所がホテル内のクリフォードの診療所になってしまうとメリーベルの最後のシーン、エドガーが間に合ってしまう。ですから今はクリフォードがいないということが強調されていましたが、具合が悪いのにわざわざ距離のあるカスター先生の診療所に連れて行くのは疑問でした。とりあえず具合が悪くなったのなら、クリフォードの診療所にメリーベルを連れていきカスター先生を呼べば良いのに、ちょっと不自然に感じましたが、仕方がないですね。

トワイライト家を飛び出したアランが雨の中をメリーベルのもとにいき、「ぼくがプロポーズしたら怒る?」のシーン、台詞がちがっていました。「婚約して欲しいと言ったら」になっていて、これはその前にクリフォードとジェーンの「婚約式」という言葉がずっと使われていたからだと思います。更に言うならポーツネル男爵とシーラの時も「婚約式」という言葉でした。こういうところで観客にわかりやすくしてくれているのだなと思います。でもアランが走って汗をかいていることにしたのは何故だろう?雨にぬれたのではダメな理由がちょっとわかりませんでした。「雨が海に降っている」シーンは舞台で表現できないわけではないと思いますが、叙情的過ぎて浮くのかな?という気はしました。

クリフォードがメリーベルを殺すシーンの演出ですが、とても重要なシーンなので、クリフォードの鬼気迫る演技やジェーンのおかしくなってしまう演技もよかったのですが、メリーベルの壮絶な叫びにちょっと違和感がありました。メリーベルの悲劇的な最後のせいでエドガーの「ぼくはまにあわなかった」に重みが出るのですが、ああ見えて幼い少女ではなく100歳とか生きているわけですから、もう少し抑制があっても、と感じてしまったのは原作が頭に入っているからでしょうか?

ポーツネル男爵とシーラが消滅するシーンをホテル内にしたのは舞台的な演出上、わかりやすくて良いと思いました。でも原作にあるエピローグへ向かう一連のシーンは本当に素晴らしいです。

アランが叔父を突き飛ばした、マンガ表現として画期的なシーンですが、ここの階段落ちは舞台でももうちょっと激しくやって欲しかったです(危ないでしょうか?)。ラスト、窓からアランを迎えに入ってくるエドガー、このシーンもよかったのですが、もう少し風を吹かせて欲しかったと思いました。そしてゴンドラ。「ポーの一族」のエンディングは孤独なエドガーが人間に絶望したアランを連れて行くのであってハッピーエンドでは決してないのですが、それでも宝塚の舞台で物語の終わりがカタストロフィになってしまうことは観客に対してやってはいけないことなのだろうと思います。エンディングを二人の門出を祝うようにしたこの演出は、私はよかったと思います。

宝塚ポーの一族見終わって強く思ったのは「メリーベルと銀のばら」「小鳥の巣」だけでそれぞれ演目として欲しいということです。この舞台が「ベルサイユのばら」のように宝塚でシリーズ化して欲しい。でも上演まで30年かかったように、今回のように奇跡的に合う役者が揃わないと、という面があり難しいかもしれないなと思います。明日海さんだけでなく仙名さん、柚香さんのトライアングルが揃ったことでこの舞台が成り立ったのだとしたら...。

私は原作そのままの舞台が観たいわけではありません。舞台のダイナミズムにのっとった、新たな「ポーの一族」が見たいのです。でも原作の世界観を理解して大切にしてほしい。その一見矛盾するような望みをかなえて下さり、心から感謝しています。舞台表現とマンガの表現は違います。舞台だから出来ること、マンガだから出来ることが違うことを理解すれば、ほとんどの改変は納得のいくものです。舞台だからこそバッサリ切るところや付け加えるところがあって、そこがおもしろい。原作に忠実過ぎて息が詰まるような舞台は疲れますし、結局のところ筋を追うだけの「確認作業」になってしまいます。今回の宝塚の舞台はそんなことはなく舞台を堪能することができました。

宝塚ポーの一族原作ファンの皆様、期待にたがわず素晴らしい舞台でした。是非ご覧になってください。すでにチケットを得ている方は楽しみに。チケットが得られていない方は当日券がありますが、宝塚の当日券は朝から並ばなければなりません。寒いのでどうかお気をつけてください。

追記1:グッズはいろいろと売られていますが、萩尾先生の絵が使われているのは、現在のところパンフレットとこのルピシアの紅茶(1/12発売開始)のみです。

追記2:肝心のエドガーの年齢についてですが、かなりぼかしてあります。シーラとエドガーはカップルとは言えないまでも親子にはとても見えません。姉と弟と他人から間違われているシーンをあえてつくってありました。でもシーラは20歳で時を止めていて、エドガーが14歳なので、元々原作でも姉と弟と言われてもおかしくはないのです。

また観て確認できたところは追記します。

2018.01.14 12:37 | イベント

『週刊モーニング』第6号に短編「バス停まで」が掲載されています。

バス停まで2018年1月11日発売の『週刊モーニング』第6号に短編読み切り「バス停まで」が掲載されています。
萩尾先生は長い歴史をもつ『週刊モーニング』に初登場しました。同誌の創刊35周年を記念した読み切りシリーズ「CARNAVAL(カルナバル)」の一作としての収録です。カラーページ付きで、とある父と息子の物語が描かれています。

このところ、大きな連載を2本交互にされている萩尾先生の、読み切り短編は久しぶりです。とてもじんとくる作品です。是非読んでみてください。

週刊モーニング

2018.01.11 0:57 | 雑誌掲載情報

『月刊flowers』2018年2月号に小池修一郎先生との対談が載ってます

フラワーズ2018年2月号2017年12月28日発売の『月刊flowers』2018年2月号に萩尾望都先生と小池修一郎先生との対談が掲載されています。宝塚歌劇団花組「ポーの一族」の演出を手がける小池先生と萩尾先生は30年以上前からのおつきあいです。
今回の「ポーの一族」の上演に至る経緯や、制作発表での様子などお話されています。詳しくは是非読んでいただきたいのですが、一つだけ、やはりと思ったのが、他からの「ポーの一族」上演の打診を、萩尾先生お断りになっていらしたんですね。一度上演許可を出してしまったからには他のところでは、と。それで小池先生の舞台をずっと待たれていたと。なんと義理堅い...。でも待ったかいがあったそうです。

この対談での先生の髪型とお召し物から推察するに、11月16日の制作発表の直後に行われたものではないかと。そしてこの後、明日海りおさんが加わっての鼎談となるのでしょう。それはまた来月号の『月刊フラワーズ』に掲載されます。

まもなく開幕する「ポーの一族」楽しみですね。もちろん、私もまいります。

月刊フラワーズ

ついでですが、2018年1月29日に「ブルーム・アベニュー」という小学館フラワーコミックスのグッズを専門に扱うWebショップがスタートするそうです。そちらで「ポーの一族」の絵皿が3枚売り出されるそうですが、各限定100枚、1枚3,000円。直径約16cm。黒一色刷りで、縁がゴールドかな?そんな情報がありました。
サイトはまだ公開されていませんが、Bloom Avenueになる予定のようです。こちらもお楽しみに。

2017.12.28 23:55 | インタビュー・対談

福岡会場で萩尾望都先生のトークショーと松本零士先生との対談が開催されます。

福岡イベント2018年3月17日(土)「萩尾望都SF原画展」の福岡会場は北九州市漫画ミュージアムですが、その近くの「北九州国際会議場」メインホールにて萩尾望都先生のトークショーと萩尾先生と松本零士先生の対談が開催されます。

来年の3月17日から「萩尾望都SF原画展」が福岡でも開催されることは以前より発表されていましたが、そのオープンの日に北九州市漫画ミュージアムの名誉館長、松本零士先生との対談が開かれます。最初に萩尾先生がお一人でお話になり、その後に対談の2部構成ですね。

申込みは2018年2月20日(火)まで。往復葉書です。宛先などの詳細はこちらに記載されています。500名ならはずれないかなぁと思いつつ、ちゃんと応募します。あとホテルと飛行機を確保しないと。

対談 萩尾望都×松本零士&萩尾望都トークショー

会期:2018年3月17日(土)14:00~16:00
会場:北九州国際会議場 メインホール(福岡県北九州市小倉北区浅野3-8-1)JR小倉駅から徒歩8分
2017.12.15 14:09 | イベント